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2015年3月10日火曜日

【震災から4年】福島第一原発の事故をきっかけにバリ島へ放射能避難した家族の今

http://top.tsite.jp/news/o/22685749/

【震災から4年】福島第一原発の事故をきっかけにバリ島へ放射能避難した家族の今

    【震災から4年】福島第一原発の事故をきっかけにバリ島へ放射能避難した家族の今
    日本人にとって忘れられない日となった、2011年3月11日。東日本大震災から丸4年が経とうとしています。
    福島第一原発の事故をきっかけに、放射能から避難するために海外へ移住を決断した家族がいることをご存知でしょうか。筆者の住むバリ島にも震災以降、多くの日本人家族が移住しています。
    放射能避難をした2組の家族にお話を伺いました。
    母子避難をしたMさんのケース
    2012年3月に小学生と中学生の2人の子どもを連れて、バリ島に移住したMさん(女性、44歳)。小柄で華奢な体型と、ひとなつっこい笑顔が印象的なかわいらしい女性です。
    自然の中で生活したいと生まれ育った東京から近郊の緑豊かな土地へ移り住み、夫と家族4人で田舎暮らしを楽しんでいたMさん。もともと食への関心が高く、自ら無農薬の野菜を栽培したり、安全な食材を全国から取り寄せていたそう。子どもたちの教育も、自然とのかかわりを大切にしてきたと言います。
    しかし原発事故以降は、生活が一変。家の窓は全て締め切って、洗濯物は室内に干し、布団は知人に借りた布団乾燥機で乾かす生活に。外出時には子どもたちにマスクをさせ、砂遊びも禁じました。
    製造日が震災前のものを選んで買ったり、これまでは避けていた冷凍食品を購入するようになりました。計測器で測ることができる放射性物質は限られていることを知り、見えない放射能の恐怖に常に怯える日々が続きました。
    1年ほど考え、子どもに残せるのは健康だけと、バリ島への移住を決意します。
    ただ夫は「この地域は大丈夫だから」と日本に残ることを選択したそう。話し合いでは「なぜ、放射能が危険だという情報ばかり選んで見るのか」「大丈夫だという情報にも目を向けて欲しい」と言われたそうですが、放射能への恐れがおさまることはありませんでした。
    実母には「孫たちを拉致するのか」とまでなじられ、悩みに悩んだMさん。それでも、「あの時、決断しておけば…」と後悔はしたくないと、移住を決心しました。
    まったく地の利のないバリ島を選んだのは、同じく放射能避難をした友人を頼ってのことでした。バリ島で生活をして3年が経とうとしています。以来、一度も日本へは帰国していないそうです。
    現在Mさんは、バリ島中央部にあるウブド地区近郊に2DKのバリ式のアパートを借りて親子3人で暮らしています。家賃は80万ルピア(約8千円)と格安ではあるものの、半年に一度切れてしまう滞在ビザの取得のために近隣の外国へ出国しなければならず、そのための高額な費用が悩みの種となっています。
    日本に住む夫からの仕送りや、貯金を切りくずしながらの生活は質素ではあるものの、安全な食事を食べられることが何よりありがたいと言います。
    もちろん慣れない海外生活でのストレスもあります。のんびりした性格のバリ人の場合、「明日」と言っていることが3日後、ひどいときは1週間後ということもザラに起こります。暑さや忙しさから気持ちに余裕がないときは、お国柄と言って片付けられないストレスを感じるそうです。
    家族全員で避難したYさんのケース
    2組目は、家族でバリ島旅行へ旅立った当日が3月11日の震災当日だったというYさん(女性、55歳)。理知的な視線が印象的な美しい女性です。
    Yさんは原発への関心が高く、日本でも長く原発反対運動などに参加していました。そのため、津波の報道があってすぐに原発事故の危険も感じていたと言います。3週間のバリ島旅行中に移住の意志を固め、一旦帰国して家財などを片付け、3ヶ月後の2011年6月に夫と娘の親子3人でバリ島へ移り住みました。
    夫もバリ島で人生の再出発を切ろうと移住に同意。もともと先行きの見えない日本での将来に違和感を持っていたYさんは、住民票を抜いてまさに日本を捨てるように飛び出てきたそうです。
    ただ両親には、本当のことは言えませんでした。年老いた両親には、放射能からの避難という考えがあるとはいえ、生活の当てもない外国へ移住することが大きなショックになることはわかっていたからです。そのため、「バリ島で仕事が決まった」と嘘をついて出てきたと言います。
    現在は州都デンパサールから約30分の地区にある、バリの友人が経営する外国人向けの宿で生活しています。日本の住まいを賃貸に出し、5万円弱の家賃収入を得ていますが、いくら物価が安いバリ島でも生活は楽ではないと言います。
    お金がもう少しあったら…と思うことは少なくないそうです。バリ島では外国人の就業は厳しく制限されており、簡単にアルバイトもできないのが現状。もし就労の事実が摘発されれば、強制送還される可能性があるため、働きたくても働けないという移住者は多いです。
    Yさんはもともとバリ島には幾度となく訪れており、地の利もありましたが、夫にとっては初めてのバリ島の田舎暮らしは想像以上のストレスになりました。またYさん自身も、バリ人との会話のすれ違いによくストレスを感じると言います。
    「議論以前にちゃんと会話が成り立たない」「話をかわされてしまう」ことが多く、そうした状況が気持ちを追い込むことも。現在中学生になる娘は現地の学校に通っていますが、教育面での不安はあるものの、英語を身につけて日本ではなく世界に目を向ける人になって欲しいと願っているそう。
    ゆれる想い
    Mさんの夫は年に1回以上はバリ島を訪れてくれています。しかし「最終目標は家族4人で暮らすこと」と話すように、Mさん自身も家族が離散している現在の状況を良いとは思っていません。夫とは、移住にあたり「3年で結論を出す」という約束をしたそう。移住から3年経とうとしている今、バリ島にしばらく暮らすのか、日本へ戻るのか、Mさんの気持ちは揺れています。
    バリ島に放射能避難された家族のなかには、Mさんのように家族が離散しているケースは珍しくありません。その多くが、母親と子どもが移住し、夫は日本で働くというパターンですが、苦渋の決断だったであろうことは想像できます。一家で移住したYさんも、もし夫が反対していたらバリ島移住ではない選択をしていたかもしれないと話していました。
    Mさんは言います。
    「日本の地域のコミュニティーに、放射能に危機感を持つ人が何人かはいて、『放射能が危険だ』と普通に口にでき、たとえ賛同されなくても『そういう考えもあるよね』と受け入れてもらえる、頭ごなしに否定されたり白い目で見られない、せめてそんな状況にならなければ自分たちは帰れないのではないか」と。
    Mさんは、自分のような考えの持ち主がマイノリティとして蚊帳の外に置かれない状況になることを期待し、3年という期限をつけました。しかし、現状には危機感があるようです。
    原発事故は、人間関係にも大きな変化をもたらしました。変化は変化のまま、いまも残り続けています。
    photo by TANAKA Juuyoh (田中十洋)
    (文/しらべぇ海外支部・平理以子)

    2014年7月7日月曜日

    保養行けて大満足!とか 思ってると思う?  ホントは、私だって避難したいんだよ  ~福島のママたちの本音~

    以下、ママレボ通信より〜

    (ママレボの許可をもらって転載しています)
    福島から避難している友人AさんがFaceBookに投稿していた内容を、ご本人の許可を得て、ママレボのブログで紹介させていただきます。
    「福島は、もう大丈夫なんだ」「たくさん補償金もらって、いい思いしているんでしょ」

    そんなふうに思っている人も少なくないと思います。

    でも、現実は違います。

    中通りの方は補償金なんてもらっていませんし、今でも、放射能の影響を心配しながら、避難したくてもできていない人が多いのです。(補償金をもらえている20キロ圏内の方だって十分ではなく、生活再建できていない人がほとんどです)

    もちろん、避難した人だって、「家族や友だちを置いてきてしまった」という罪悪感にさいなまれています。

    それもこれも、国が最初に正確な情報を示さず、蛇の生殺しみたいな棄民政策をし続けているからです。
    遠いアフリカで起こっていることではない。いまこの日本で起こっていることに、もっと関心を持ちたい。すぐに解決できないからといって考えるのをやめたくない。きっと解決策はある。


    ひとりでも多くの人に、この現状を知ってほしいので、ご本人に許可をとって、当ブログでご紹介します。

    *****以下、福島から北海道に避難中のAさんの投稿です****

    12時過ぎ。
    いつもはマナーモードにしてしまうスマホ、
    バッグに入れたまま、忘れてた。
    突然、そのスマホが鳴ったからおっどろいて出た。
    かけてきたのは福島の友達。
    今は福島の西の方にいる。
    年に数回、電話をかけてきてくれる。
    でも、もう夜半過ぎ、どうしたんだろう、と心配になった。
    そしたら
    「夏はね、娘と一緒に西へしばらく行けることになった」
    と。
    私は、
    「わーよかったね。どの辺?ちょっと暑いかもしれないけど、
    楽しめるといいね」
    って答えた。
    そしたら、口調が変わって
    「全然よくないよ。 保養だよ。保養行けて大満足!とか
    思ってると思う? ホントは、私だって避難したいんだよ」
    と。
    言葉に詰まってしまった。
    大満足なんて思ってないって、しってるよ、でも、福島にずっといるより
    しばらくストレスから解放されてくるのも いいと思うよ、、、と
    言葉をひねり出した。
    そしたら
    「Aさんとは付き合いも長いし、ずっといろんな話して来たから
    今だけ言わせてもらっていい?」
    っていうので
    いいよ、何でも言って、って答えた。
    彼女は。。。
    なぜ、自分(私)が避難して行く時に、
    危ないから避難しろといってくれなかったのか。
    それぞれ家庭の事情がある、とか
    自分で決めるしかない、とか
    綺麗事ばっかり言って。
    本当は、さぁ一緒に行くよ、くらいのことは
    言ってくれるかと思ってたのに。
    言ってくれたら なにか 変わっていたかもしれないのに。
    と、言った。
    怒っているでもなく、泣いているでもなく
    淡々と、言った。
    こう聞かれた。
    「事情はそれぞれだから、なんて、本心だった?」
    絶句してしまった。
    そりゃ、私だって、当時、郡山の、特に線量が高い地域にいた彼女
    「危険だよ」って言いたかった。
    早く逃げなよ、そこはダメだよ、って、言いたかったよ。
    一緒に逃げよう、って言いそうにもなった。
    だって、仲が良かったから、ずっと。
    でも、そんな無責任なこと、言えなかった。
    でも、あまり多くの人に、避難する話をしてこなかった私が
    彼女には 「北海道に行く」と知らせたことで
    何か感じてくれ、って祈るような思いだったのも事実。。。。
    「私は避難なんて無理」って言ってた彼女に
    「危ないのに!」
    「早く逃げなさいよ」
    とは、言えなかった。。。。
    でも、彼女は言って欲しかったんだ、、、
    思わず、言ってしまった。
    「今からでも遅くないよ。」
    彼女は笑った。
    「もう遅いよ。子どもたちは進学しちゃったし
    私も仕事を見つけちゃった。 遠くへ避難なんて、、やっぱり無理
    でも、諦めるのはイヤだから、夏はちょっと出かけるの」
    「うん」
    と言ったら
    「ベストな選択なんて 思ってないでしょう?
    だって、ベストじゃないもんね、私だってそんなのわかってるけど
    私が出来る中ではベストなの!」
    声を荒げて、言われた。
    「それぞれ、出来ることを一生懸命やろうね」
    もう、これしか言えなくて
    悲しくなってしまった。
    彼女はすぐ落ち着いて
    ごめんね、って。
    自分で決められなかったことを
    人のせいにするのはずるいよね
    Aさんは避難したあとも
    ずっと連絡くれて、いろんなことをいちから教えてくれたのに、

    ごめんって。
    そんなことないよー
    あの時はしかたがなかったんだよー
    あなたのせいじゃないよー
    って言いながら
    2人でわーわー泣いてしまった。
    泣きながら
    娘さんが最近体調がイマイチなこと、
    少し気になる大きさののう胞が複数あって
    経過観察なこと、
    自分も体調が悪くなるたびに
    不安に陥ること、、、、
    こんな話をしてくれた。
    なぜこんなふうに
    苦しまなくちゃならないんだろう。

    2012年3月2日金曜日

    保養情報・北海道:ひびきの村【早春保養プログラム】

    ひびきの村では【早春保養プログラム】を下記の通り行います。
    どうぞ寛いだ一時をお過ごしになりにいらしてください。

    【日時】3/23(金)〜27(火)四泊五日

    【趣旨】
    放射能が検出された地域にお住まいの方々に春休みを利用して、ひびきの村へ、お子さん連れで転地保養をしに来ていただきたいと思います。自然治癒力を高め、体内被爆量を低減する効果があるといわれているアクティビティをご一緒に行いましょう。

    *転地保養
     放射能に汚染された地域から数日間だけでも転地保養することで体内被爆量が低減できるといわれています。
    *酵素玄米食
     免疫力・自然治癒力を高めるといわれているお食事を共にいただきましょう
    *オイリュトミー
     シュタイナー教育の特徴的な芸術的舞踏です。免疫力・自然治癒力を高めるといわれています。
    *二股ラジウム温泉
     長万部の近くにある温泉です。治癒効果があるといわれている天然の微量の放射線を含む泉質で、古来よりアイヌの人々が治癒に使っていたラヂウム温泉です。
    *かわなみ温泉岩盤浴
     特別天然記念物である秋田県田沢湖町玉川温泉産の「北投石」と、特定鉱物に指定されている「ブラックシリカ」を床材とする特別な仕様。
     「北投石」について:地球上では、秋田県田沢湖町玉川温泉と台湾の台北市北投区北投温泉からしか産出しない貴重な鉱物で、玉川温泉における多くの方々の体験から、人の自然治癒力を高め、病気の予防と改善に大きな効果を持 つ鉱石であることが一般に知られています。これは、微量の放射線が生物の成長・発育の促進、繁殖力の増進及び寿命の延長などの効果をもたらすとされるホルミシス効果(ホメオパシー)を、北投石の含む放射性のラジウムが作用 した結果と考えられています。また、北投石の発するラジウムエマチオンガスは、呼吸によって体内に吸収されるとその強力なイオン化作用によって生理的代謝を促進させ、体内に停滞した老廃物を取り除く効果があるともいわれ ています。
     「ブラックシリカ」について:内から体を温め汗腺の働きを活発にさせます。床から作用する遠赤外線は体内によく浸透し、内から体を温めることで汗腺の働きを活発にします。体を温めることで抵抗力が高まり、病気が改善、治 癒に向かっていきます。
    *アインライブング(オイルマッサージ)
     ルドルフ・シュタイナーのアントロポゾフィー医学・看護に基づいたケアの一種。独特のリズムを持ったゆったりとした手の動きでの施術。心と身体に独特のリズムを持った手の動きでオイルをそっと塗り、バランスを取り戻す手 助けをします。
    *コーラス
     歌を歌うことは甲状腺疾患の治癒に効果があるといわれています。
    *水彩(ぬらし絵)
     豊かな色彩が感情に働きかけ、溜まった感情を吐き出す効果があるといわれています。

    【対象】放射能が検出された地域のお子さんと保護者
        それ以外の地域の方々

    【スケジュール&プログラム内容(予定)】
    23(金)           午後 伊達紋別駅集合     夕食 温泉かわなみ
    24(土)朝食 午前/コーラス、水彩 昼食 午後/オイリュトミー 夕食
     ※子どもと大人一緒
    25(日)朝食 午前/コーラス、水彩 昼食 午後/染色  夕食キャンドルコンサート
     ※子どもと大人一緒
    26(月)朝食 A午前/アインライブング① 昼食 午後/アイン②  夕食 アイン③
                              B午前/コーラス、水彩 昼食 午後/織物
     ※コースを選択してください。
     ※子どもと大人は分かれて過ごします。
        ※Aコースは限定5名。 午前2名、午後2名、夕食後1名
         午前、午後、夕食後のどこかで一回施術を受ける
        ※施術前後はゆったりとした時間を過ごす必要があるので
         施術を受けない時間帯はフリータイム
        ※1セッション90分3000円(大人も子どもも同額)
    27(火)朝食 二股らぢうむ温泉へ 昼食後 長万部駅で解散

    ※前後泊が可能です。その場合、食事は自炊をお願いします。プログラム提供はありません。

    【料金】
    [大人の内訳]
     Aコース 計39,700円
       Bコース 計42,700円

     食事    7,700円
         朝食600円×4=2,400円
         昼食700円×3=2,100円
         夕食800円×4=3,200円


      プログラム参加費 Aコース 3000円×4コマ=12,000円
               Bコース 3000円×6コマ=18,000円
      Aコース アインライブング代        3,000円
      滞在費             2,000円×4泊=8,000円
      暖房代(1家族)        500円×4泊=2,000円
      送迎代                   3,000円
     (1000円/伊達駅→村+2,000円/村→二股、二股→長万部)

    [子どもの内訳] アインライブングを受ける場合 21,100円
                      受けない場合18,100円

      食事 6,600円
        朝食500円×4=2,000円
        昼食600円×3=1,800円
        夕食700円×4=2,800円

      子どもプログラム参加費 A1,500円×4コマ=6,000円
                                                          B1,500円×6コマ=9,000円
      Aコース アインライブング代       3,000円
      滞在費           1,500円×4泊=6,000円
      送迎代                  1,500円
     (500円/伊達→村+1,000円/村→二股、二股→長万部)
     ※入泉料は各自温泉でお支払いください。



    【問合せ/申込み先】
    NPO法人ひびきの村  金井 奈保
    〒052-0001
    北海道伊達市志門気町6-13
    HP http://www.hibikinomura.org/
    Email      naho@hibikinomura.org
    Tel0142256735  Fax0142256715

    2012年3月1日木曜日

    保養情報・滋賀県:びわこ☆1・2・3キャンプ!

    かけっこ どろんこ 野原でさんぽ☆

    びわこ☆1・2・3キャンプ!
    2012年3月26日(月)~4月1日(日)
    滋賀県北部の自然がいっぱいのマキノ高原に
    春を見つけに来ませんか? ごちそう作ってまってるよ~

    ☆マキノ町ってこんなとこ☆
    日本一の琵琶湖と中央分水嶺の山々や田んぼに囲まれたマキノ高原
    冬は真っ白なゲレンデ、芽吹きの春とカエルの合唱、夏の新緑、秋の紅葉
    オールシーズン楽しめます。
    クヌギの森のキャンプ場は遊びの宝庫。場内を流れる石積みのきれいな渓流は
    水遊びや魚つかみを楽しむこともできます。
    登山やハイキングを楽しむことも出来、森林浴にも最適。
    500本のメタセコイヤ並木、琵琶湖サニービーチ、赤坂山、広大なブナ林。
    宿の周りは一面の田んぼ、手付かずの貴重な雑木林。
    野生の動物がたくさんいておさるさんは犬より多いです。
    夜はよく鹿の群れが道を横断。
    高原内には温泉もあります。

    びわこ☆1・2・3キャンプ!

    【日程】 2012年3月26日(月)~4月1日(日)

    【宿泊】 高島市マキノ町牧野183
         マキノ高原民宿「民宿一二三館」(青谷)
         電話:0740-27-0138
         http://www.eonet.ne.jp/~makino-hifumikan/

    【対象者・年齢】小中学生  乳幼児・及びその保護者
         福島県にお住まいでない方もご参加いただけます。

    【参加費】 1人 1万円 (交通費込み、3歳未満は無料)

    【移動】 バスをチャーターします

    【定員】 40人

    【食事】 安心、安全なおいしいご飯をご用意致します

    【キャンプ中の生活】 とにかく自由にゆっくり遊んでもらおうと思っています
      びわこでカヌー体験・馬やヤギと遊ぶ・ドラム缶でピザ作り☆

    【お申し込み・お問い合わせ】
     事務局 暮らしを考える会(藤本 真生子)
     TEL 077-586-0623  FAX 077-586-1403
     Mail:  kurashi2005@goo.jp

    主催:びわこ☆1・2・3キャンプ!実行委員会
    共催: ネットワーク たかしまのわ
    後援:公益社団法人 甲賀・湖南人権センター
       滋賀県・滋賀県教育委員会・高島市(申請中)

    2012年2月25日土曜日

    大阪『春休み☆疎開・保養プロジェクト in 箕面』


    天然温泉での~んびり&大自然の中でリフレッシュ
     『春休み☆疎開・保養プロジェクト in 箕面』
    大阪のNGO心援隊です。
    大成幸の冬休みに引き続き、春休みも開催する事を決めました!
    前回、自然豊かな箕面でのびのびと過ごせた事で、子どもたちが心身ともに元気を取り戻しただけでなく、
    避難を考えるお母さんの希望が増えたという嬉しい言葉もいただくことができました。
    「大切な子どもたちを放射能から守りたい!!」本当にその思いだけで活動を続けています。
    短い期間ではありますが、きっと安心して楽しく保養して頂けると思います。
    どうぞご参加ください。
    冬休み(12/27~1/6)の様子はこちらから・心援隊のブログ→ http://ameblo.jp/shinentai/
    1) 実施期間
    2012年3月27日(火)~2012年4月4日(水)
    (この期間中、お好きな日程でお申し込みください。)
     2) 滞在場所
    箕面観光ホテル
    箕面温泉 スパーガーデン(大阪府箕面市)          
    3) 募集定員  5家族
    4) 募集対象者  福島県および近県の放射能への不安を抱える子どもさんのいるご家
    5) 参加費について  
    ①大阪までの交通費は自己負担でお願いします。
    ※3/26夕~夜に福島発・4/4午前中に箕面発のバスを片道一人8,000円で出す予定ですので、ご相談下さい。
      
    ②箕面での宿泊費、食費、入浴料は無料です。
    ただし滞在期間中、独自で行動された場合の交通費、施設外での食費その他は自己負担ください。
    ③期間中、楽しんでいただける様に企画したイベントに多少の参加費をいただく場合があるかもしれません。ご了承ください。
    6) 食事について
    朝食はホテル、昼・夜はスパーガーデン内の喫茶カフェテリアで提供してもらえます。
    そのほか交流会やイベントなどを企画し、施設以外での食事ができる機会も考えております。
    7) 企画イベント
    ・お花見・スイーツパラダイス・箕面の森であそぼう(予定)
    ・たこ焼きパーティ・竹トンボ大会
    ・在阪避難者さんや支援者さんとの交流会(予定)
    ・シンガーソングライター 森源太ライブ(3/29)
    ・避難相談、就職相談(随時)
    (予定中のイベントの中には、開催できなくなるものもあることをご了承ください)
    8) 申込方法
    ①参加者氏名(ふりがな)年齢、性別(参加者全員)       
    ②希望滞在期間
    ③住所、TEL、メールアドレス        
    ④参加しようと思う理由(お子様の健康状態、自宅付近の環境など)   
    以上を下記の連絡先にご連絡ください。
     【復興支援NGO「心援隊」】
    〒532-0045 大阪市淀川区西中島1-9-16-201 NGO風人ネットワーク内
    総合事務局  shinentai@painukaji.com 
    (件名に「春休み疎開プロジェクト申込み」とお書きください)
     9) 応募締切   3月15日(木) 
    ※先着順ではありません。
    応募者が定員を超えた場合は、現住所・家族構成などを考慮の上選考させていただき、3月20日中までにはご連絡させていただきます。
    ◆お問合せ
    復興支援NGO「心援隊」
    「心援隊☆冬休み疎開・保養プロジェクト」担当 夏村ゆみ
    主催:NGO心援隊
    協力:みのおアジェンダ21の会・みのおエコクラブ・真宗大谷派 難波別院・チームまっぺあ・(有)南ぬ風
    協賛:箕面観光ホテル・箕面温泉スパーガーデン

    2012年1月19日木曜日

    東京都:母子だけで都内に避難されている方向けの専門相談のご案内

    都内に避難されている母子家庭や、家族と離れて母子家庭と同様な状態にある家庭の方は、自分の仕事や子供の保育・学校、家族との関係など、様々な課題を抱えていることも少なくありません。
    4月にかけて、学校の新学期、勤務先等の異動時期を視野に入れた生活の再建に向けての課題もみられる時期ということで、東京都が専門相談を実施することになりました。


    ■実施期間 平成24年1月16日(月)~平成24年3月30日(金)受付分まで

    ■相談方法
    (1)電話
    (2)ファックス・Eメール
    (3)訪問相談
    (4)相談会の実施

    詳しくは
    東日本震災などにより母子だけで都内に避難されている方向けの専門相談HP

    2012年1月12日木曜日

    大阪:心援隊の「冬休み☆疎開・保養プロジェクト」の報告

    福島県を中心とした復興支援を行う、大阪のNGO団体「心援隊」が
    「冬休み☆疎開・保養プロジェクト」を行いました。
    報告のメールをいただきましたので紹介させてください。

    報告メールの下に福島から参加された親子の手紙を紹介しました。
    テレビや新聞では、なかなか流れない被災地の方の生の声だと思います。
    胸が締め付けられる思いがしますが、ひとりひとりがこの現実と向き合い
    自分にできること(署名・募金・小さな声を上げること)からでも、はじめていただきたいと思います。

    -以下主催者の方からの報告メール----
    先ずは無事に終了させて頂きました。
    ご協力下さいました皆さま、本当に本当にありがとうございましたm(__)m
    おかげさまで大成功!?(まだまだ事故が終息してわけじゃないので、とりあえずですけど…)
    子どもたちの顔色は日々良くなり、目の下の濃いクマも消え~
    お母さん達にも、現実的な避難生活を考える機会を持ってもらえて、少なくとも以前より選択肢を増やして帰って頂けました。

    又、ボランティアスタッフとして参加下さった方、交流会に参加下さった方々にも、身近に接することにより、「他人事では無い!もっともっと色々考えなきゃ!瓦礫の受け入れも絶対止めて、大阪が安心して逃げて来られる場所でい続けないと!」等と、思いを強くしてもらえたりしました。

    活動の様子、子どもたちの様子、それぞれの思いや気持ち等々…ブログに掲載させて頂いてます。
    初日から~今もなお頂いたお手紙や、ボランティアスタッフさんの感想など、毎日更新しています。
    是非とも心援隊のブログ↓にてご覧下さいませ。
    http://ameblo.jp/shinentai/


    冬休み☆疎開保養プロジェクトに参加したお母さんと子どもさんが福島に帰ってから寄せてくれたの手紙を一部紹介します。
    (途中出てくる個人名は、○○さん、および△△さんとさせていただきます)

    photo:01
    ~参加されたお母さんより~

    ゆみさんはじめ 心援隊スタッフのみなさん この度は

    大変お世話になりました。

    今、ぐっすり眠っている娘の横で、この手紙を書いています、

    娘の寝顔を こんなにおだやかな気持で見られるのは

    久しぶりのことです。

    それまでは、「この子達は今、どのくらい被曝しているのかな」

    と毎晩 同じことばかり考えていました。

    将来の事を考えると、心配で心配で布団に入っても

    怖くて眠れない事もありました。

    小さい時から丈夫な体になるようにと、食べ物には

    気をつけてきたつもりだったので、余計に自分の意志とは

    全く関係のないところで子供の体が危険にさらされるのは

    悔しくて悔しくてたまりませんでした。

    今回の大阪行きを、正直、バスに乗る直前までは

    不安もかなりありました。

    受け入れていただけるよう決まったのは良いけれど、

    向こうで子供たちが病気になったらどうしよう、

    大阪の人たちとうまくコミュニケーションとれるかな・・・

    など いろいろと。

    けれど、ゆみさんやスタッフさん、箕面で会った方々は皆、

    親切で温かい人達ばかりで 福島から来た私たちを

    一生懸命リラックスさせてあげよう、楽しませてあげようと

    思ってくれている気持ちが伝わってきて、本当にありがたかったです。

    おかげで娘達は、いっぱい笑っていろんな経験をすることができました。

    竹とんぼやどんぐり拾いに夢中になっている顔、

    焼いたお餅をおいしそうに頬張っている顔

    落ち葉を踏んではしゃいでいる顔


    福島に残っている夫や両親に

    そんな娘たちの顔を、何度も見せたいと思いました。

    毎日いっぱい笑って、いっぱいパワーを充電したから、

    これで福島に帰っても しばらくは頑張れそうです。

    子供たちだけでなく、母親の私も、すっかりリラックス

    させていただきました。

    「ここにいる間だけでも お母さん ゆっくりしてね」

    そんなゆみさんの心遣いが本当にうれしかったです。

    原発事故以来、本当に毎日毎日

    気のはった生活を続けてきました。

    それが当たり前のようになっていました。

    だから ゆみさんの言葉を聞くたびに

    「私も 気をゆるす時間を持ってもいいんだ・・・」

    という事に気づかされました。

    ほんの少しの時間だったけれど、

    デパ地下めぐり、最高に楽しかったです。

    あの楽しさ、忘れることができません。

    一緒にすごした○○さん、△△さんとも仲良くなれました。

    今では、ほとんど無言で乗っていた行きのバスの中の静けさが

    うそのようです。

    今回、たくさんの優しさをいただいたこと、私も娘達も

    決して忘れません。

    福島に生まれてしまった娘たちは、本当に不幸だったけれど、

    人の優しさにいっぱい触れて、たくさんの経験をしたことは

    いつか大きな財産になってくれると 私はそう信じています。

    本当に本当に お世話になりました。 


    そして、12歳の長女、◯◯ちゃんからも手紙をいただいたので、それも紹介したいと思います。

    スタッフ、その他の人達

    今回、このような受け入れをしてくださり、

    ありがとうございました。

    私は最初、大阪に来るのがイヤでした。

    友達や家族と離れるのがこわかったし、

    ほかの人と仲良くできるか心配だったからです。
    でも実際、大阪に来てとってもいい思い出が

    たくさんできました。

    竹とんぼやたこやきパーティー、そしてたくさんの人たちと

    出会えたことです。

    福島でつらかったことも、すっかり忘れてしまいました。

    大阪で素敵な思い出ができたのは、

    スタッフの方や、ぼ金してくれた方達のおかげだと思います。

    私より大変な思いをしている人がたくさんいるので、

    私も、この受け入れてくれた人たちみたいに

    協力してあげたいです。

    本当にありがとうございました。

    福島でもがんばります。